昔々、僕がまだ20代前半の頃。先輩に、

「俺は一番最後まで職場に残ることをノルマとしている」

とことあるごとに豪語する人がいて、絶対こいつと同じ職場はイヤだなと思ってはいたものの、まあ社会人としてそれはそれで一つの立派な生き方なのかなと思い、敬意を表して「残業マスター」と呼んでいた。確かに、会社内でもそこそこ評価されていたように思う。

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「仕事の質」への意識が弱くなる日本型雇用

   ところが10年経ってみると、残業マスターはどこからどう見ても普通のおじさんになっていて驚いた。むしろその人だけ全然進歩していないから、相対的に人材価値は下がっていると思われる。

   いったい、かつて(ちょこっとだけど)輝いていた彼はどこへ消えてしまったのか。

   とはいえ、こうなってしまった理由そのものははっきりしている。仕事の量だけを意識するあまり、恐らく一度として「仕事の質」といった点を考慮していなかったことが原因だ。

「一銭でも安く、一個でも多く作るべし」

だけで国際競争を勝ち抜けた高度成長期ならともかく、iPadとキンドルが空中戦やってる時代に、こういう人材はあまりにも痛すぎる(しかも一応大手IT企業である)。

   要するに、発想が「時給いくら×労働時間=お給料」であり、労働時間を増やすというインセンティブはあっても、時給を引き上げるという発想が欠落しているわけだ。

   なぜそうなってしまうのか。それは日本型雇用にあるのは言うまでもない。

   勤続年数に比例して時給が上がっていく組織では、どうしてもその部分を工夫によって引き上げようというインセンティブが弱くなってしまう。先の長い若手は、この辺は意識的に軌道修正していくしかない。

輝いていた彼はどこへ? 「残業マスター」の悲劇 (1/2) : J-CAST会社ウォッチ (via yellowblog) (via tsuyoshi

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posted on 2010/06/18 11:50:06